ゲーム

日本統治開始直後の時代を描いた、宝石箱のようなアクションゲーム「添丁の伝説」(スイッチ、Steam)

添丁の伝説は1909年の台湾を舞台にした、メトロイドやキャッスルヴァニアのような横スクロールで多彩なアクションを繰り出すことができるアクションゲーム。個人的には小学生のときにプレイした「がんばれゴエモン」を少しだけ彷彿とさせる。 ゲーム内で入手できるアイテムの中に実際の「日本軍の統治開始時の絵」もあり、その絵は当時の台湾初代総督が殺される絵が描かれていたりする。他にも厳しい態度の日本人警官やいきなり日本の決まりが押し付けられるようになったので現地の人たちの様々な反発があったという。そのような時代に生きた実在の人物である廖添丁を主人公にしたゲーム。
生活

台湾の交通事故問題における根本的な問題と、交通事故発生数や死亡者数の日本との比較

朝起きたら駐車場に停めてあったうちの車が、二輪車(オートバイ)の免許を取りに行く予定だった18歳の少年にぶつけられ破損している状態でした。このことから垣間見える台湾の交通事情の問題を考え、私の生活の中で遭遇した事故や事故未遂の共有、交通事故発生数や死亡者数の日本との比較をします。
歴史

台湾の妻の実家で見つかった古銭から台湾の歴史を考える (祥符通寶、乾隆通宝、嘉慶通宝など)

台湾の田舎にある外観赤レンガの一階建て古民家は宝の歴史的な宝の宝庫です。写真は妻の祖母がかつて住んでいた家の中を撮った写真で、昔の台湾の民家はコンクリート一階建て、家の中は靴を履いたまま入り、木で作られた椅子やベッドが置かれています。 そんな昔の家で見つかった台湾の歴史を垣間見ることができる古銭をもらったので、ここで紹介したいと思います。
台湾語(閩南語)

【台湾語 (閩南語) 講座 (12) 音声付き】台湾の屋台や市場で使える、肉の名前を台湾語で言う

今回は台湾語での肉の名前を紹介します。実際の台湾旅行や台北での生活ではあまり聞かない、使う必要がない単語ですが、私のように台湾の田舎で生活していると耳にする機会がかなりあったりします。「豚肉」ビーバー = 豬肉 (zhūròu) 「豚足」ビーカー = 豬腳 (zhū jiǎo) 「鶏腿(鶏もも肉)」ゲイトゥィ = 雞腿 (jītuǐ) 「鶏肉(とり肉)」ゲイバー= 雞肉 (jīròu) 「手羽先」ゲイシッ= 雞翅 (jīchì) 「牛肉」ウーバー= 牛肉 (niúròu) 「ステーキ」ウーバイ=牛排 (niúpái)
生活

台湾で生まれた子供の出生届を日本に提出するときの手順と必要な資料、注意点について

台湾で生まれた子供の出生届を日本の役所に提出して無事に受理されたので、このブログ記事でその流れや必要な資料、注意点についてまとめておきたいと思います。台湾で発行された出生証明書の簡易日本語訳もあります。
生活

台湾 台中西部でサーフィンができる海水浴場を見つけました (台湾の田舎ってこんなところ)

以前今住んでいる場所からオートバイを15分ほど走らせてサーフィンビーチに行ってきたので、そのときの動画をここで共有します。 台湾の田舎ってこんなところなんだっていうのを見ていただければ。
生活

台湾で初めてのカルチャーショックを受けた話:台湾で新生児の「算命」と坐月子 (産後の肥立ち) のしきたり

赤ちゃんの名前を決めるために台湾の占い「算命」に行ってきました。出産後の妻は「神様の前で行う算命には行ってはいけない」と妻のお母さんから言われていたのと、坐月子のときは家から出てはいけなかったので私と妻のお姉さん、妻のお母さんの三人で行ってまいりました。 「算命」は中華文化の占星術で、主に生年月日と干支をベースにその人の運命を占うというもので、中国大陸のはるか昔から伝承されているれっきとした学問。
生活

台湾でPCR検査を受けた話 & 妻の出産前後のヘルプのため1週間ほど台中の病院に滞在しました

台湾のパイロットの隔離期間が短かったことや台北中心部にある歓楽街での感染拡大で5月中旬から下旬にかけて、台湾でも新型コロナが拡大して台湾の全地域で外出時にマスク着用義務 (従わない場合は罰金)、学校への登校禁止、台北では24日からレストラン内での食事禁止など諸々の規制がはられるようになりました。
旅行

台中メトロ (捷運、MRT) が試験開業したので乗車してきました

もう一か月以上も前になりますが、台中の捷運の試運転期間に捷運に乗ってきたのでここでも紹介します。このブログ記事の最後に台中捷運の様子をまとめた動画もあるので気になる人は見てみてください。
旅行

日本統治 (日治) 時代から続く台湾の小学校「清水國小」に行ってきました

今私が住んでいる台中市西部の大甲、大安から南方向に20分ほど車で移動すると「清水」という町にたどり着きます。日本語でも清水という名前は馴染み深いですが、中国語での発音は「Qīngshuǐ」で、歴史は中国大陸がまだ清の時代に入植が始まり、当時は清水の土地は「牛罵頭街」と呼ばれていたようです。その後、台湾は日本に統治されるようになり、「清水街」に名前が変更されました。 清水は当時の日本の影響が今でも残っている土地で、有名な観光地では見られない歴史の遺物を見ることができます。
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